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健康コラム

くも膜下出血から奇跡の生還を果たし、リハビリを続けながら執筆活動を行うコラムニスト・神足裕司が日常をつづっていきます。

ミウラワヤジャロ


三浦憲治さんの「ミウラヒロシマPart.4ミウラワヤジャロ」という写真展が開催されている。三浦さんとは35年以上前に広告の仕事でお会いしたことがある。けれど、きっと今お会いしても「はじめまして」そうご挨拶する間柄だ。お互い広島出身で高校までを広島で過ごした。母が被爆しているので被爆2世なのも同じ。「三浦さん段原だったんですか?ボクも1年段原にいたことがあるんです」それだけで親戚ぐらいの親しみを持つ。そしてボクは三浦さんの作品を遠くから拝見していた。

三浦さんは子供時代からお父様の影響でカメラをのぞいて驚くほどの本格写真を撮られている。当時撮られた広島の写真は社会派だ。ボクは妻の撮った動画や写真で作品を拝見しているのだが、それでもじっと迫ってくるような映像だ。

実はもう20年くらい前だけれど三浦さんの作品に出会っている。
広島のとあるスタンドバー。まだ元気だった母に連れられ飲みにいった店だった。奥田民生さんのご両親が経営されている店だ。母はユニコーンの奥田民生さんを存じ上げていたかは定かではないが、民生さんのお母さんと気が合いよく飲みにいっていたらしい。お互い?息子自慢が心置きなくできる仲だったとよく話していた。そこで小さなアルバムとパンフレットを見せてもらった。三浦憲治さん撮影の民生さん。なんと熱のある写真なんだろうと何回も見直した。汗までも近くに感じる。それとプライベートの写真が数枚。しっかりした目の奥に優しさがあるそんな写真だった。知らない奥田民生さんがいた。

三浦さんはご存知の通りロックカメラマンとして大活躍されている。ピンクフロイド、サンタナ、ディープパープル、ユーミンに井上陽水さんに福山雅治さん・・・数えたらきりがないほどのステージ写真やプライベート写真を撮られている。
その三浦さんが4年前から原爆の日近辺にヒロシマに行かれて写真を撮られている。一度拝見したいと思っていた。今回の写真展は昨年の広島カープリーグ優勝のパレードやズームズームスタジアムの熱気も切り取られていた。広島人のことだ、わが子のように選手に思いいれ、球団をここまで育てた。日本一に一歩及ばなくてもこれまた親戚のおっさんの気分になって広島の球団の成長を喜ぶ。県民のみんながそんなもんだからどの球団よりも熱い。その喜びが写真からあふれてこぼれている。パ~~~~ンとはじけている。青い空に広島が喜んではじけている。三浦さんのそのスタジアムの横にリーグ優勝記念の奥田民生さんのコンサートの写真もあった。これまた広島人の情熱炸裂だ。見比べておもった。三浦さんの写真には群集の気持ちがひとつになって熱い渦になっている。そこにいたらズンズン心に響くなにかがあるに違いない。そう思った。

三浦憲治 写真展2017
ミウラヒロシマ Part.4
ミウラワヤジャロ

2017年8月1日(火)~8月8日(火)
15時~20時(※日曜12時~17時)入場無料
六本木スペース ビリオン
106-0032 東京都港区六本木4-4-5 メゾン六本木3F
問い合わせ info@billion-roppongi.com


著者紹介

神足裕司(こうたり ゆうじ)

1957年8月10日、広島県広島市生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。学生時代からライター活動を始め、1984年、渡辺和博との共著『金魂巻(キンコンカン)』がベストセラーに。コラムニストとして『恨ミシュラン』(週刊朝日)や『これは事件だ!』(週刊SPA!)などの人気連載を抱えながらテレビ、ラジオ、CM、映画など幅広い分野で活躍。2011年9月、重度くも膜下出血に倒れ、奇跡的に一命をとりとめる。現在、リハビリを続けながら執筆活動を再開。復帰後の著書に『一度、死んでみましたが』(集英社)、『父と息子の大闘病日記』(息子・祐太郎さんとの共著/扶桑社)、『生きていく食事 神足裕司は甘いで目覚めた』(妻・明子さんとの共著/主婦の友社)がある。 朝日新聞月曜朝刊「コータリンは要介護5」連載中。

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